DXが社会的な潮流となる中、営業DXも不可欠なものとなっています。しかし、そもそもDXの本質を理解しておらず、営業DXをうまく推進できていない企業も少なくありません。そこで今回は、DXTコンサルティング株式会社 代表取締役の兼安暁様に、国内でDXが進まない要因や、営業DX成功のポイント、さらに営業DXの一環としてのライブコマース活用のヒントなどについてお伺いしました。
国内企業のDXがなかなか進まない原因
――営業DXについて伺う前に、そもそもなぜDXが必要なのでしょうか?背景は何でしょうか?
DXが必要になってきた大きな背景は、スマートフォンやクラウドサービスが出てきたことです。それによって以下の4つのことが起きています。
1つ目は、デジタル化により高度なサービスが安価に提供できるようになったことです。その結果、デジタル・ネイティブ企業と呼ばれるデジタルのみがベースの企業がユニコーンと呼ばれるような巨大な企業になるケースも増えています。具体的な企業としては、Airbnbやケニアなどで普及している決済サービスのM-PESA(エムペサ)、スマートフォン向け証券会社のロビンフッド、TikTokなどが挙げられます。
2つ目は、さまざまなサービスがオンライン化され、かつサービスがポータル(持ち運び可能)になったことです。思い立ったときに、いつでもどこでもサービスが使えるようになりました。このことは、店を構えて来客を待つだけの商売が成り立たなくなりつつあることを意味します。
3つ目は、SNSで情報を収集・発信できるようになったことです。消費者同士で情報やサービスを共有したり紹介したりするのが容易になり、口コミが広がりやすくなりました。
4つ目は、消費者の時間シェアのうちかなりの部分がスマートフォンに移ったことです。今は歩きスマホに代表されるように、皆ずっとスマホを見ていますよね。そのため、スマートフォンでの顧客接点を増やす必要性が増してきました。こうした要因から、DX化が強く求められるようになってきました。
――肌感覚として、全体的な国内のDXの進捗はいかがでしょうか?
率直に言って、DX化が全然進んでいない企業がほとんどです。大きな原因としては、多くの企業の基幹システムがDX向けのサービス提供に対応・接続できないことが挙げられます。つまり、レガシーシステム化してしまっているということです。
海外では、SAPなどのパッケージシステムをほとんどカスタマイズせずに利用していることが多いため、API連携がしやすく、他のサービスとも連携がしやすい印象があります。一方で、国内企業のパッケージシステムはカスタマイズしていることが多いため、クラウド版になかなか移行できません。パッケージでないシステムにしても、日々登場する便利な新サービスと連携するために、何ヶ月もテストを実施するのは現実的ではありません。
こうしたことから、DX向けの新サービスなどに対応可能な基幹システムへと改修する必要がありますが、そのためには大きな予算が必要です。また、現行の業務仕様に関する知識を持つ社員が非常に少ないという課題もあります。会社が成長するほど業務の全体像を把握している人は少なくなり、1人もいないことも珍しくありません。そうなると、システム改修の正解がわからなくなってしまいます。加えて、エンジニア不足も大きな課題です。
つまり、予算、システムの全体像を把握している社員、そしてエンジニアという3つのリソースが不足しているために、基幹システムの刷新が完了していないのです。
さらに言えば、最近はアジャイルで開発を進める風潮がありますが、現実的に上場企業では完全なアジャイルはできません。というのも、アジャイルはβ版で提供するのでエラーがあるのは当たり前ですが、上場企業でそれをやってしまうと大問題ですよね。ですので、アジャイルといっても、実際にはプロトタイピング・アプローチになってしまっています。
DXの本質と成功のポイントとは
――ツールの導入などのシステム化とDXの違いはどこにあるのでしょうか?
そもそも、本来DXとはシステム化のことではありません。DXの本質はビジネスのトランスフォーメーションです。DXという名称からデジタルに注目が集まりがちですが、ビジネスモデルの変革をデジタルで行うことが重要であり、システム化・IT化はあくまでも手段です。とはいえ、システム化・IT化はDXに必要ではあるので、それらがDXではないとは言い切れません。
ちなみに、「デジタル化」には2つの意味があります。1つはデジタイゼーションで、「”モノ”のデジタル化」のことを指します。電子マネー、メール・ニュース・音楽・映像などのコンテンツ、スマホのカメラなどが典型ですね。
もう1つはデジタライゼーションで、「”プロセス”のデジタル化」を指します。いわゆるシステム化のことであり、個々の業務ではなく、ワークフローを横断的にデジタル化することで効率性向上や新たな価値の創出を図ります。この2つを使って、どのようにビジネスモデルを変革していくかがDXの本質です。
――なるほど。実際のDXの成功事例についても教えていただけますか?
1つ目の事例は、東南アジア版Uberとも言える配車アプリの「Grab(グラブ)」で、同一アプリ内で宅配サービスも提供しています。東南アジアでは、日本のように全国を網羅してサービスを行える宅配ネットワークが十分に発達していなかったので、スマホアプリ上で届け先・行き先の情報を伝えられ、お互いの場所を地図上で確認できるGrabは重宝されています。宅配が可能となったのでECができるようになり、さらにアプリ上での決済・送金もできるようになっています。
2つ目の事例は、ユニクロの「3Dニット」です。まだ成功しているとは言えないかもしれませんが、ものすごいポテンシャルがあります。
3Dニットでは、3Dプリンターのような全自動編み機を使って店舗でニットを編むことができます。そうすると最終商品の物流工程が不要になり、在庫も要りません。投下した資本が在庫として滞留せず、すぐに現金化されるため、財務上のインパクトとして非常に大きいものがあります。また、店舗在庫のスペースが不要になり、展示スペースにも最小限の在庫のみ置いておけばよいため、出店コストが低くなることもメリットです。
商品はデジタルデータとして持っていればよく、世界中どこの店舗でもそのデータを利用して、顧客の体型に合わせたニットを作ってくれます。3Dニットは、在庫をデジタルに変えたため実現した事例と言えます。
3つ目は、工場のデジタルツインを実現したBMWの事例です。ある工場の完全なデジタルコピーを制作したことで、機械をどこに配置すればどれだけ製造の時間を短縮できるかなど、デジタルツイン上でシミュレーションできるようになりました。デジタルツイン上でシミュレーションすることで何度でも設計し直すことができ、それを実際の工場に置き換えることが可能になっています。
――DXを成功させる上で重要な点については、どのように思われますか?
基幹システムに接続する必要があるのなら、基幹システムが外部との連携がしやすいように早く更新する必要があります。多くの会社では、基幹システムを改修するには多大なコスト、労力、時間がかかるケースも多く、基幹システムに接続しないことも選択肢だということで、基幹システムに接続しないでやるケースも多いです。そうするとDXしようとしても、余計に複雑になり、結局DXの効果を出しきれなかったケースもあります。基幹システム側の柔軟性が一つポイントとなります。
もう一点重要なこととして、新規プロジェクトを同じ会社の中でやらなくてもよいのでは?ということです。特に上場会社では、コンプライアンスや会計システムに接続する際に会計基準に合わせる必要があるなど、新規事業開発とは異なるところに無駄な時間や資金がかかってしまうことが多々あります。解決策としては別会社、たとえば、連結の対象にならない(持分法適用外の)子会社を作ることが考えられます。そうすれば、コンプライアンスや会計基準を本社に合わせる必要がありませんから、自由度が増します。また、人材募集において職種や給与水準などの人事制度も柔軟に設定できるメリットもあります。
営業DXによる顧客体験のリッチ化と自動化の進展
――営業DXについて、たとえばどのような取り組みが考えられますか?
比較的わかりやすい領域はMA(マーケティング・オートメーション)とCRMの組み合わせにより、ダイレクトレスポンスマーケティングを行っていくことです。製造業ならD2Cや、クラウドファンディングを使った開発などが挙げられます。クラウドファンディングなら資金が集まらなければ開発を中止できるため、開発とともに先行マーケティングを行うことが可能です。
小売店であればMEO(マップエンジン最適化)やInstagramでの集客、さらにQRコードを読み取りメニューを注文・会計するといった施策が挙げられます。Uber Eatsでの宅配も一例ですね。
――営業DXを行う上で押さえておきたいポイントについてはどのように思われますか?
ビジネスモデルを変えるので、顧客体験も変わるという点は意識しておきたいポイントです。また、自動化も重要な点です。たとえば、優秀な販売員や営業マンのノウハウを自動化することなどが考えられます。
ライブコマースを活用した営業DXへの期待
――顧客体験の変革というと「ライブコマースの活用」も1つの施策と思いますが、営業DXにおけるライブコマースの可能性についてお考えがありましたら、伺いたいです。
ライブコマースは、言うなればテレビショッピングのパーソナル化です。距離を超えて、販売員と直接コミュニケーションをとりながら購入できる強みがあるので、いろいろなところに活用できる可能性があります。たとえば、漁師がイカを獲る瞬間を配信し、それを見ながら注文するといったこともできます。そうすれば、魚屋やレストランのシェフが市場に行かなくても仕入れられるようになるかもしれません。
最近、ジュエリーの会社のお手伝いをしている関係でプロ向けの宝飾展示会に行くと、中国のインフルエンサーが店と交渉して店内にブースを作り、ライブコマースで販売していましたが、そういう使い方もできますよね。
また、デジタルパーソンのライブコマースでの活用も注目されています。インフルエンサーをデジタル化するということですが、何パターンか事前に撮影しておけば生成でき、感情に合わせて表情を変えることも可能です。
BtoB向けでは、コールセンターの受付にデジタルパーソンを活用することも考えられますし、セミナーセールスをオンラインで行うこともライブコマースの一種だと思います。
ライブコマースのデータを活用したDXも出てきています。たとえば「〇分〇秒の話し方を変えたら反応率が変わった」というように、時間ごとに顧客の反応を見て次回の配信に活かす方法や、CTAを数パターン用意して成果を比較するなどの活用法があります。顧客層によってCTAを変えてみたり、CTA後に個別面談を入れてみたりするのもよいかもしれません。
――営業DXでは顧客体験の変化も重要なポイントとのことですが、顧客体験をリッチ化するにはどうすればよいでしょうか?
顧客自体がスマホに時間を費やすようになっているので、それに合わせたアプローチができるような取り組みを進めていくことが重要です。そのために、レガシーシステムへの接続が必要なのか、それとは独立に進めていくのかといった検討が必要になります。
またBtoBに関しては、MAを導入していない企業、あるいは導入していても活用しきれていない企業に対して個別最適化したアプローチを行うことが大切です。実際、データX社のb→dash(ビーダッシュ)を取り入れて、データ分析を行うことでうまくいっている事例もでてきています。
――最後に、営業DXが今後進んでいく中で、営業で必要なスキルはどのように変化していくのでしょうか?
営業DXが進むと、成果の出る営業のノウハウなどをプロセスに埋め込んでいくため、営業としてのスキルやノウハウの標準化が進んでいくと思います。営業プロセスの標準化に適応できるような業務フローも整備されていくと思います。たとえばインサイドセールスでは、ナーチャリングの段階はDXで標準化し、クローズの段階でエース営業マンを投入するといった方法が考えられます。
いずれにしても、ある程度の業務はDXによって標準化が進んでいきますが、クロージングなど重要度の高いスキルは最後までシステム化されず、営業が担うべきコアなスキルとして重宝されるのではないでしょうか。
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