ANAあきんどとは?航空会社が地方創生に取り組む理由

お話を伺った「ANAあきんど株式会社(以下、ANAあきんど)」は、2021年4月、ANAグループ内における地域創生事業と航空セールス事業を担うための会社として誕生しました。事業の柱の一つは、自治体や企業に対する実際の窓口として、地域に根差した地域創生事業を展開することです。

ANAグループといえば、国内有数の航空事業会社。なぜ、地方創生事業に取り組むことになったのでしょうか。その背景には、コロナ禍による航空機利用者数の減少がありました。そこで、グループを支える新たな収入基盤として着目されたのが、地方創生事業です。

ANAのリソースを活用して地方の魅力や情報を発信し、地域の特産品の販路促進といった地方が抱える課題解消のお手伝いをすることで、人流や物流を活性化させる。それによって交流人口や関係人口が増えれば、最終的に旅客需要や貨物需要が高まるのではないかという想いがありました。このように、地域創生事業を推し進めることで、地域と顧客を巻き込んだ共存共栄の関係を築くという「三方よし」の理念を実現するために生まれたのがANAあきんどなのです。

今回のインタビューにご協力いただいたのは、ANAあきんど松山支店長、谷山章さんと、ANA客室乗務員、黒川さゆりさんです。

谷山さんは鹿児島県のご出身。福岡の大学を卒業後、九州(福岡、鹿児島)と東京で勤務。2021年4月、松山支店長に就任するまでは、愛媛どころか四国には出張以外で訪れたことがなかったそうです。一方、黒川さんは愛媛県新居浜市のご出身。14歳まで愛媛の大自然の中で過ごされました。就職後は東京でANA客室乗務員として勤務されています。2021年9月、そんな黒川さんに転機が訪れます。

ANAあきんどの創設に際し、地域創生事業の新たな取り組みとしてANA「農園プロジェクト」が立ち上がりました。ANA「農園プロジェクト」とは、ANAあきんどが初めて農園事業に参入し、みかん農家(一次産業)が抱える課題をANAのプラットフォームやリソースを活用して、日本全国の方々にお届けしようという取り組みです。

その第一弾が「愛媛のみかん農園の未来を守るプロジェクト」でした。そして、このプロジェクトを軌道に乗せるための推進役をANAグループ内で公募することになったのです。そこに手を挙げたのが黒川さんでした。『幼少期を過ごした愛媛県に戻り、何かしらのかたちで貢献したい』との想いから、松山支店への異動を希望されたそうです。そんな谷山さん、黒川さんお二人が主体となって地域創生事業の新たな切り札として、愛媛から地元の魅力を発信していくライブコマースをスタートさせました。

オール愛媛で魅力を発信!ANAあきんどのライブコマースとは

ANAあきんど松山支店のライブコマースは、地域創生事業に関する連携協定を結んでいた、愛媛の第一地銀である伊予銀行とのご縁をきっかけに始まりました。伊予銀行が主催するビジネスコンテストにおいて、株式会社クリエが準優勝したことを機に、伊予銀行、クリエ、そしてANAあきんどの関係者が顔を合わせる機会が生まれたのです。

谷山さんの『ぜひ何か一緒にやりたいですね』という言葉をキッカケに、クリエの社長である出口友子さんが、いくつものプロジェクトを提案されました。その一つが、客室乗務員さんが出演するライブコマースという、当時の松山支店の状況をうまく生かした企画だったのです。

谷山さん:2021年9月に黒川さんが着任して以来、愛媛の魅力を発信し地元に貢献したいという想いが強かったため、黒川さんの強みを活かし、何かそのような機会を作ってあげれないかなと思っておりました。そんな想いに黒川さんも前向きに取り組んでくれましたので、黒川さんの着任、クリエ様との出会い、全てのタイミングで非常に恵まれていたと言えますね。

こうして誕生したのが、客室乗務員がレポーターを務め、愛媛の魅力や自慢の逸品を紹介するという愛媛発のライブコマースです。

けれども、当時のANAグループでは、コロナ禍の新たな旅行のスタイル「オンラインツアー」は実施していたものの、ライブコマースの開催経験はありませんでした。それどころか谷山さんはそれまでライブコマースを見る機会もなかったようです。それでも松山支店がライブコマース事業に踏み込んだのは、『愛媛の魅力を愛媛から発信したい』『地元の生産者に少しでも貢献できれば』という切なる想いがあったからです。

『既存のオンラインツアーに加え、次世代のIT技術を活用したライブコマースを取り入れたい』『愛媛県、伊予銀行様、クリエ様、そして我々の「チーム愛媛」で愛媛発を全面に押し出した情報発信をやってみたい』という想いから、スタートしたANAあきんど松山支店のライブコマースですが、その歩みは想定外の事態の連続だったと話されます。

当初は「愛媛の魅力×ANAの強み」を活用した情報発信をしようと考えました。国内で約3800万人以上の会員数を持つ「ANAマイレージ会員」の顧客基盤を活かし、会員にメルマガ等でライブコマースに関する情報を発信していったのです。

さらにコンテンツにも「ANAのCA(客室乗務員)」という、いわゆるキラーワードを積極的に盛り込みました。初回から黒川さんが出演して、「ANAのCAと行く●●ツアー」「CAが●●に初挑戦」といったコンテンツを積極的に発信したのです。このようなANAのリソースにクリエ様の力が加われば、興味を持っていただけるだろうという見込みがあったのです。しかし、直面したのは想定外の現実でした。

谷山さん:開始当初は思っていたよりも、視聴者数や販売額が伸びなくて、正直言って『あれっ?』という感じでしたね。つまり、ANAのマイル会員は本業である航空輸送事業(飛行機や航空券、ツアー情報)に関心が強く地方創生事業に関する情報について反応が薄いというか、そもそもANAグループが地域創生事業に力を入れ始めたことの認知が低かったのではないでしょうか。とにかく、自分たちの想いがなかなか届かなくて、苦戦していました。

そこで、松山支店のライブコマースチームは、改めて原点に立ち戻ることにしました。ANAブランドによる、ANAマイル会員を意識したライブ配信ではなく、まずは、自分たちが本当に伝えたい愛媛の魅力を前面に押し出すことにしたのです。ここから「チーム愛媛」による手探りによる試行錯誤が始まりました。

ANAあきんどのライブコマースにて実施した取り組み3つ

では、ANAあきんど松山支店のライブコマースでは、実際にどんな取り組みが実施されていったのでしょうか。ここからは実際の事例から、具体的な3つの取り組みを紹介します。

1.波が来る前に波に乗れ!将来性ある業界で希少性の高いポジションを目指す

一つ目の取り組みは、そもそも日本ではまだ黎明期にあったライブコマース事業に、勇気を持って参入したことです。このように松山支店が未知の分野であるライブコマース事業に踏み出すことができた背景には「飛び込む勇気」と「時代の動向を読む力」があったことを感じます。

谷山さん:私はかねてから、愛媛の魅力を伝えられる手段をずっと探していました。そこでライブコマースに出会えたので、挑戦することを決めたんです。ライブコマースなら、生産者のこだわりや想いといった商品の背景やストーリーも含めて消費者に伝えることができる。こう信じたからこそ、ライブコマースという未知の世界に飛び込むことができたんです。今では、このライブコマースの可能性に大いに期待していますよ。

日本における物販のライブコマース事業は、まだ発展途上にあります。しかし、ある業界で希少性のある地位を獲得するためには、まだ多くの人が注目していない段階から思い切って参入していく必要があります。ライブコマースへの参入を決意した「チーム愛媛」の挑戦は、まさにこれに当たるでしょう。

また、今回お話を伺っていて感じたのは、谷山さんと黒川さんがライブコマースについて非常に熱心に学んでおられたということです。インタビュー中も『私からもお聞きしたいのですが』と何度か逆に質問をされるなど、同じライブコマースに携わる者として、ライブコマースの現状や今後について熱く語り合うことができました。

谷山さん:現在も、スマホを活用したVR、AR、メタバース、NFTといった新しいワードがどんどん出てきています。そうした中で、地方創生事業や地方からの情報発信を、メタバースやNFTなどとも絡めることができないか。私はそういった可能性も常に視野に入れてチャレンジしたいと考えているんです。

最近では、地方自治体がふるさと納税の返礼品として「ご当地NFT」を導入した事例もあります。今後も、情報発信や商品を購入させるための「手段」はどんどんデジタル化していくでしょう。そうした新たな武器をキャッチアップできるように常にアンテナを張り巡らしておられる。これもまた「チーム愛媛」の強みだと感じます。

2.現場発の「リアル」を発信!トラブルや成長もコンテンツに

2つ目の取り組みは、現場からのリアルな発信にこだわり、すべてをありのままに伝え続ける姿勢を貫いたことです。「愛媛発」にこだわり、スタジオを飛び出して屋外から生配信するライブコマース。そこには、予期せぬハプニングやトラブルもありました。

例えば、海上や山中からの配信では電波が不安定になり、配信が途中で途切れたこともあったそうです。そのようなハプニングに対して、現場が一丸となって乗り越えていく姿を目の当たりにした視聴者さんたちは、『海の上だから仕方がないよね』『電波、がんばって!』と温かく見守り、時には何時間(数十分)も中断したにもかかわらず、再開するまでずっと待っていてくださいました。

電波が不安定になり配信が途中で途切れることは、よくあるけれど深刻になりがちなハプニング。長時間配信が途切れてしまうと視聴者は配信を離れてしまいがちです。けれど「チーム愛媛」の場合は、これまでの活動を通して獲得した温かく楽しんでくれるファンが、復旧までを一つのストーリーとして応援してくれたため、逆にこのライブ配信の魅力となりました。

他にも、ライブ配信では家族やご近所さんが乱入するハプニングが発生することもあります。動画では近所の方もライブ配信に巻き込んでハプニングのおもしろさに変えました。ハプニングをどのように活かして配信の魅力にするかもライブコマーサーの腕の見せ所ですね。

そうしたライブ配信ならではの「何か起こるか分からないドキドキ感」と、それらを乗り越えていく奮闘ぶりも、コンテンツの一部として人気を集めているそうです。また、ライブでレポーター役を務める黒川さんは、こんな本音を語られました。

黒川さん:実は人前で話すことが苦手で、毎回緊張しているんです。

黒川さんが松山支店に来た当初の業務内容は、あくまでも「農園プロジェクトの推進役」。ライブコマースのレポーターをするとは思っていませんでした。それだけに、初めて挑戦するレポート業務に、難しさを感じるシーンもあったそうです。

黒川さん:特に『食レポ』は難しいです。自分の語彙力では食材の美味しさや生産者様の想いをなかなか伝えられず、もっとがんばらないといけないといつも思っています。

そんな黒川さんは、レポーター業務の魅力は「愛媛の新たな魅力との出会い」にあると言います。黒川さんは、幼少期に愛媛に14年ほど住んだ経験があります。それでも出演するたびに、素敵な生産者さんや、こだわりの商品といった新しい愛媛の魅力に出会うそうです。

そうした愛媛の魅力を伝えるために、黒川さんは事前にホームページで商品について調べたり、本番前に生産者さんからお話を聞いたりしています。この商品はどのような経緯で作られたのか、そこにどういう想いがあったのか。このような作り手のこだわりや大切にしているものを知ったうえで、いかに自らの言葉で伝えるかに心を砕いておられるそうです。黒川さんのがんばりを隣で見守ってこられた谷山さんは、レポーターとしての黒川さんの魅力をこう語ります。

谷山さん:一般的に「客室乗務員」というと、しっかり、きっちりしているイメージがありますよね。でも黒川さんは視聴者とコミュニケーションを取ることを大事にしていて、親しみやすさがあるんです。一緒にリポートしてくれている地元大学生の高岡奈々葉さんは、現場をきっちりまとめてくれています。こうした二人のキャラクターの違いもまた、現場でいい味となっています。いい意味でのギャップと気さくで飾らない人柄こそが黒川さんの魅力であり、持ち味だと思いますよ。

レポーターとして黒川さんの飾らない個性が見えるからこそ、親近感が持てる。ひたむきにがんばる姿を目の当たりにするからこそ、応援し、共に成長を見守りたくなる。これもライブコマースの魅力の一つなのではないでしょうか。

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3.勝負するのは価格じゃない!ブランド化&ファン化で商品に付加価値を

3つ目の取り組みは、ブランド化とファン化によって商品に付加価値をつけ、差別化を図ったことです。

近年のコロナ禍の影響などもあり、消費者の商品に対する価値観も少しずつ変化しています。それまでの『安ければいい』から、『少し高くても価値を感じられる商品』が求められるようになってきたのです。その「価値」の一つが、商品に込められた生産者のこだわりや想いといった「ストーリー」ではないでしょうか。

そんな今、ライブコマースにできることは、愛媛県の魅力と、生産者さんたちがこだわりを持ってつくり上げた商品を、想いやストーリーも含めて発信し、それを求めている消費者さんたちに届けることだと谷山さんは語ります。

谷山さん:販売する商品のこだわりやストーリーを伝えることができれば、『これだけ丁寧な仕事をしていたら、こういう値段になるのは当然だ』ということも視聴者に伝わりやすくなります。かけた手間にふさわしい価格でちゃんと売買できる、生産者さんたちのがんばりが報われる世界が実現できるのがライブコマースだと思うんです。

生産者の方の想いや商品のストーリーを伝えるライブコマースとして、ANAあきんど松山支店は、2022年9月「愛媛宇和島真珠の生産地ツアー」というライブコマースを実施しています。生産者の理念や想いに賛同してくれる参加者に向け、ライブ中にしか買うことができない限定商品の販売を実施。決して安価な商品ではなかったのですが、なんとライブ開始数分で完売。谷山さんたちの理念が目に見える形で結実した瞬間でした。

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さらに谷山さんは、この一連の「デジタル愛媛ツアー」から予期せぬ「副産物」が生まれたと語ります。それは、レポーターを務める黒川さんのファンが社内外に急増し、いわゆる「黒川ブランド」が確立されつつあるのだそうです。

開始当初は思うように視聴者数が伸びなかった「デジタル愛媛ツアー」でしたが、発信を続けていくうちに、社内外でじわじわと反響が広がっていきました。中でも、レポーターの黒川さんに関しては配信中の応援コメントも多く、谷山さんはファン層の広がりを感じておられるそうです。

黒川さんが出演するライブコマースを見て『この商品、よかったよ』『愛媛のよさが分かったよ』といったコメントを寄せてくれたそうです。また、黒川さんが定期的にライブコマースの告知をしている社内向けSNSにも、『いつもがんばっていますね』と、普段関わりが少ない社員の方からも励ましのメッセージが届くようになったとか。黒川さんは、ライブコマースの取り組みを通して、社内でも「ライブコマースのレポーター」「みかん農園プロジェクトの人」として有名人になりつつあるそうです。

黒川さん:スタート当初は、今のように皆さんがこれだけ注目して、応援し続けてくれるようになるとは思ってもみませんでした。やはり、発信し続けることって大切なんですね。愛媛以外にも同じようにがんばっておられる生産者様や優れた商品が沢山あると思うので、ANAあきんど各支店がライブコマースを実施してそれぞれの地域の魅力を発信できれば良いなと思っています。

『この商品だからこそ、買いたい』『あの人が紹介するものだからほしい』このように、ライブコマースを通して商品に値段以外の付加価値をつけることで、価格競争による消耗戦から抜け出すことができ、生産者を守ることにもつながっていくのでしょう。

ライブコマース×地方創生の新たな可能性とは

ANAあきんど松山支店における取り組みは、世間からも注目を集めています。『ANAが何か面白いことをやっている』と、メディアからの取材を受けたり、地方自治体の関係者や、ANAあきんどの他の支店からも『どういう流れでやっているんですか?』と尋ねられ、実際にクリエ様をご紹介することもあったそうです。

松山支店のライブコマースを活用した取り組みに即発され、ANAグループ内でも大きな動きがありました。それは、ANAグループが『自分のところでもライブコマースを活用した物販事業を展開したい』と、「ANAライブショッピング」をスタートさせたことです。もちろん、松山支店が積み重ねてきた「デジタル愛媛ツアー」で蓄積してきたノウハウがフル活用されているようです。

谷山さん:おそらく全国的に見てもわれわれの取り組みは、ライブコマースによる地方創生の先進的事例なのではないかと思います。だからこそ、『ANAのライブコマースと言えば松山支店』と言われる存在になりたいです。ANAあきんど×クリエのライブコマースが愛媛で成功事例を作り全国に横展開できればいいなと思っています。ライブコマースの時代は、まだまだこれからですから。

ライブコマースを活用した地方創生の取り組みは、まだ始まったばかりです。ANAあきんどが抱く「地域を元気にすることで、お客様も自分たちも元気にする」という「三方よし」の理念の実現を目指し、松山支店、そして「チーム愛媛」の奮闘はこれからも続きます。

まとめ

今回は、愛媛のANAあきんど松山支店が行う、ライブコマースを活用した取り組みを紹介しました。取材を行うまでは、航空業界であるANAと地方の活性化、魅力発信はどのように繋がりを持っていけるのだろうかとイメージがつきづらい部分もありました。

しかし、ANAあきんどの谷山さん、黒川さんを主導にライブ配信を活用することで、地元生産者を巻き込んで人気のコンテンツに成長していることを知りました。ANAあきんどが目指す「三方よし」の理念のもと、今後の活動にも更なる期待ができそうです。

ANAあきんどの取り組みやライブコマースをもっと詳しく知りたい方はこちら:https://www.ana-akindo.co.jp/


門間忍
「ながれのほとり」のペンネームでも活動する40代Webライター。印刷会社編集部門にて7年勤務後、結婚・出産を経てライターとして独立。美容、転職、金融、暗号資産などの執筆歴あり。
・動画/音声メディア→ブログ
・ブログ→インスタ
といった、既存コンテンツを別のフォーマットに作り替えることも得意。Twitter上で文章力が伸びる「#ほとりのライティング講座」を公開中。


 

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